一人親方、事業主も加入できる特別加入制度の落とし穴とは?
労災保険は一人親方や役員にも適用されるのかどうか、気になっていることでしょう。現在では一人親方と言っても、労働者のような、従業員のような「一人親方」、また「役員」といっても「執行役員」や「使用人兼務役員」など役員と一言でいってもさまざまな役職があるため、労災保険の適用可否の判断が難しくなっています。
結論からいえば、一人親方、事業主、役員は原則として労災保険の対象外です。ただし、実際は実態に応じて判断され、一定の要件を満たせば労災保険に加入できる特別加入制度もあります。
一人親方、役員のための労災保険の特別加入制度について、労災と認定されれば頼りになるが、認定されないこともあることもあります。。
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労災認定されれば非常に頼りになる制度
労災保険(正確には労働者災害補償保険という)は、その正式名称がいうように、労働者の業務上又は通勤途上における災害を対象にする保険です。この労働者とは労働基準法に定義される労働者のことで、「職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者をいう」とされています。
- 労災保険制度は、労働者の業務上の事由または通勤による労働者の傷病等に対して必要な保険給付を行い、あわせて被災労働者の社会復帰の促進等の事業を行う制度です。その費用は、原則として事業主の負担する保険料によってまかなわれています。
- 労災保険は、原則として 一人でも労働者を使用する事業は、業種の規模の如何を問わず、すべてに適用されます。なお、労災保険における労働者とは、「職業の種類を問わず、事業に使用される者で、賃金を支払われる者」をいい、 労働者であればアルバイトやパートタイマー等の雇用形態は関係ありません。
- 労災年金給付等の算定の基礎となる給付基礎日額については、労災保険法第8条の3等の規定に基づき、毎月勤労統計の平均給与額の変動等に応じて、毎年自動的に変更されています。
この労働者と使用者(いわゆる社長、役員、個人事業主の意味)とは相対する概念であり、使用者は労働者でないため、労災保険の対象にはなりません。しかし中小事業の使用者の中には、経営者としての側面だけでなく、労働者に準じて業務を行うことが多いのが実情です。つまり、製造業なら社長もプレス機を使用して金属加工業務をしたり、小売業なら社長もお店に出てレジ打ちをすることがあるといった具合です。
このような実情を考慮して、使用者であっても一定の要件の元で、労災保険の保護下に置こうというのが特別加入制度なのです(特別加入には「中小事業主用」「一人親方用」や「海外派遣用」などがあります。ここでは「中小事業主用」「一人親方用」を中心に解説します。。
国の行う中小事業主労災保険特別加入制度
「中小事業主」「法人の役員」「家族従事者」等は通常労災保険の対象者とはなりません。
しかし、その業務の実態等により労働者に準じてその業務災害に関して保護を与えるにふさわしい人びとがいます。
そこで、労災保険本来のたてまえをそこなわない範囲で、労災保険の利用を認めようとする制度が特別加入制度です。
この制度を利用するには、労働保険事務組合に事務処理を委託することが必要です
中小事業主等の特別加入者の範囲
- 労働者を年間通じて一人以上使用する場合はもちろん、労働者を使用し、その日の合計が年間100日以上となることが見込まれる場合も含まれます。
- 数次の請負による建設事業の下請け事業を行う事業主も中小事業主等の特別加入の「事業主」として取扱われます。
この場合、自ら行う小工事について、あらかじめ「有期事業の一括扱い」の保険関係を成立させておく必要があります。 - 労働者以外の者で、その中小事業主が行う事業に従事している家族従事者なども特別加入することができます。
- 法人の役員のうち、労働に従事しその対価として賃金を得ている者は労働者となりますが、業務執行権のある役員(労働者に該当しない者)は、この中小事業主に従事する者として特別加入することができます。
国の行う一人親方労災保険特別加入制度
一人親方等が現場で労災事故に遭った場合、元請業者の労災を申請することはできません。
建設関連事業においては、元請、一次下請、二次下請、三次下請…という重層構造が一般的です。
通常、一建設工事の労災保険については、元請業者が関連する数次の請負をまとめて、適用事業となります。したがって、請負関係の従業員(労働者)の労災事故については、元請業者が労災補償をすることになります。
ただし、下請負であっても中小事業主や一人親方等は、労働者ではないためこの労災補償の対象となっていません。
しかし、労働者と同じ仕事をしているのであれば、災害にあう危険性は他の労働者と変わりありません。
そこで、一人親方等も労災補償を受けることができるようにしたのが一人親方の特別加入制度です。特別加入団体を通じて労災保険の特別加入をすることができます。
保障内容
使用者も労働者とみなして労災保険を適用しますので、給付内容は業務上も通勤上も全く同じです。つまり、療養、休業、障害、遺族、介護などの事由で給付されます。但し、休業しても通常役員報酬は日割りしないため、休業補償を受けることはほとんどないでしょう。
保険料
収める保険料は使用者自らが、最低日額3,500円から最高日額25,000円の16段階の間から選択して、日額を365倍した年額にその事業の労災料率を乗じて計算します。
ちなみに日額10,000円を選択した次の通りになります。
中小事業主(建築事業) | 一人親方 |
34,675円 | 65,700円 |
労災が効かない場合もあることに気をつけよう
よく電話勧誘等で「社長も労災に入れるようになりました!」とか、誤解を与えるような勧誘をしてくる労働保険事務組合があるようです。また労災が支給されないケースをきちんと説明していないようです。
労災補償されない場合とは
- 社長が通常、労働者が行わない業務(経営業務)遂行中に、被災した場合は対象となりません。
例えば、従業員は現場作業に従事するのみで業務で銀行などに行くことはなく、社長が銀行に融資の申し込みに行こうとして交通事故に合った場合や、転倒してけがをした場合などが考えられます。このような場合は、労災補償の対象外となる場合があります。 - 従業員を伴わずに、一人で被災した場合
業務自体は従業員も行う内容のものであっても、休日に社長が一人で出勤して、プレス加工していたような場合が考えられます。
1)現場で従業員と同様に働いている場合のみ補償されます。
補償される条件としては、社長が労働者と同じ仕事をしているときに発生または原因となる事故や病気に対してのみ補償対象となります。つまり、法人の役員や社長が労働者と一緒に工場で働いているときの事故は補償されますが、従業員を伴わずに社長が単独で土日に工場で勤務していた場合に発生した負傷は補償されませんので注意が必要です。
2)社長としての仕事は労災保険特別加入制度の対象外です。
社長としての業務を行なっている際の事故は補償対象外となります。たとえば、法人の経営者や役員が取引先の接待に向かう途中の交通事故による負傷は補償されません。
実際に、最高裁判所まで争われた経歴があり、補償の対象外という判例が出ています。
この裁判では、土木作業の会社の取締役が作業を行う土地の下見に行った際に事故にあってしまい、亡くなってしまう事故が発生しました。
特別加入制度で労災保険に加入していましたが、補償を断られてしまったため、当事者の妻が裁判所に訴えましたが最終的には敗訴してしまいました。
3)申請書に記入した内容のみが保険の対象になります。
該当する法人の役員は、所轄の労働基準監督署または公共職業安定所もしくは労働保険事務組合に「特別加入申請書」と業務内容と時間に関する申請書を提出し、承認されれば特別加入ができます。
特別加入を申請する場合は事業の内容等、詳しくチェックされますので、できるだけ詳しく記入するようにしてください。
労災事故の治療のため医療機関を利用する場合の保険制度!
治療のため医療機関を利用する場合には、現在加入している国民健康保険など医療保険制度を利用する方法もあります。保険が使えるかどうかは、加入している制度により異なりますので注意しましょう。
- 自営業者など個人事業の場合には、国民健康保険に加入しているケースが多いのですが、国民健康保険の場合は、業務上、業務外の区別なく保険給付が行われます。ですから、仕事中のケガであっても、国民健康保険の保険証を使うことができます。(ただし、建設国保は使用できません。)
- 法人を設立しているなどの場合には、健康保険に加入しています。健康保険の保険給付の対象は、業務外となっているため、原則的には健康保険の保険証は使えないことになっています。ですから、社長が業務上でケガをしても、健康保険は使うことができず、自費で病院に通うことになります。例外として、小規模な事業所の法人の代表者など(法人の代表者または業務執行者を意味します)の場合には、その事業の実態を踏まえ、次のような取り扱いとなっています。
「(健康保険の)被保険者が5人未満である適用事業所に所属する法人の代表者等であって、一般の従業員と著しく異ならないような労務に従事している者については、その者の業務遂行過程において業務に起因して生じた傷病に関しても、健康保険による保険給付の対象とする。」(平成15.7.1保発0701002号)
国民健康保険(建設国保を除く)に加入していれば国民健康保険、小規模の適用事業所の場合、健康保険に加入していれば健康保険の保険証を使うことができる場合があります。
労災保険の「特別加入制度」を有効活用しましょう!
労災事故の起こりやすい業種で従業員と同様の業務に従事することの多い代表者の方には、労災保険の「特別加入制度」をお勧めします。
一定の中小企業の場合、労働保険事務組合に労働保険についての事務を委託すると、労災保険に特別加入することができます。手続きについては、最寄りの労働基準監督署にお問い合わせください。
特別加入すると、所得水準に見合った適切な給付基礎日額により保険料が決定されます。保険料は、概算払いでその年度分を前払いし、年度単位で保険料を払っていきます。
実際に事故が起きた場合は、加入手続きを行ったときに申請している労働者として行う業務または作業を行っていたときの災害によるケガなどであれば、労災事故と認定され保険給付されることになります。株主総会に出席中の災害など、本来の事業主として行うべき業務を遂行中に被った災害は、対象となりませんのでご注意ください。
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建設事業主が現場の下見中に死亡した事案で、妻からの遺族補償給付請求が労基署から不支給処分の取り消しを求めた事案(社長側敗訴)
(広島中央労基署長事件 平成24年2月24日 最高裁)
【事案】
建築工事請負会社代表取締役Aが、受注を希望していた工事の予定地の下見に赴く途中で事故により死亡したことに関し、その妻Xが「業務上死亡に当たる」として労災保険特別加入に基づく遺族補償及び葬祭料の支給を求めたところ不支給処分とされたため、これの取り消しを求めた事案です。中小事業主の特別加入の制度は、建設の事業を行う事業主については、個々の建設等の現場における建設工事等の業務活動と、事務所を拠点とする営業・経営管理その他の業務活動とがそれぞれ別個の事業であって、それぞれの業務の中に労働者を使用するものがあることを前提に、各別に保険関係が成立するものであり、事業主が使用する労働者を個々の建設等の現場における事業にのみ従事させ、本店等の事務所を拠点とする営業等の事業に従事させていないときは、当該営業等の事業に保険関係の成立する余地はないから特別加入の承認を受けることができず、当該業務に起因する事業主又は代表者の死亡等に関し、その遺族等が法に基づく保険給付を受けることはできないとされました。
つまり、社長Aは建設事業の労災に特別加入していた。A社長は橋梁建設工事予定地の下見に一人で赴き、その途上で池に転落し死亡した。A社長の会社では時折、従業員がA社長に同行して外出することはあったが、従業員は通常はもっぱら現場作業のみに従事していた。A社長の会社では建設事業の特別加入はしていたが、営業管理業務の労災加入はしていなかった。
使用者としては普通に仕事をしているつもりでも、その業務が従業員を伴わない業務であったり、経営者としての業務であるとみなされた場合や、またはそもそも複数事業ある中の一部事業しか加入していない場合、労災が支給されないことがあります。
大工が、指の切断による労災申請に対する不支給処分の取消しを求めた事案(大工敗訴)
【事案】
工務店Aが受注したマンション建築工事について請負で内装作業に従事していた大工Xが、右手中指、環指、小指を切断したことを理由に請求した療養補償給付及び休業補償給付について不支給とした労働基準監督署長Yの処分の取消しを求めた事案である。 第一審の横浜地裁は、労災保険法にいう労働者の概念は労働基準法上の概念と同義であるとした上で、Xは下請業者による指揮監督の下に労働していたとはいえず、報酬も作業時間と無関係に定められるものが大部分であり、自ら所有する工具で作業をすることが多いなど事業者性が認められ、専属性も高くはなかったなどとして、労働者性を否認しXの請求を棄却、第二審の東京高裁も、第一審を支持した。 上告審の最高裁第一小法廷は、本件作業の実態を第一審・第二審判決と同様に認定し、労務の提供には当たらず、報酬も仕事の完成に対して支払われたものであって労務提供の対価と見るのは困難であるとして労働者性を否認し、Xの上告を棄却した。
この裁判例では、作業場を持たずに1人で工務店の大工仕事に従事する形態で稼働していた大工Xが、特定の会社が請け負っていたマンションの内装工事に従事していた場合において,
① 大工Xは自分の判断で上記工事に関する具体的な工法や作業手順を選択することができたこと
② 大工X氏は事前に同社の現場監督に連絡すれば、工期に遅れない限り、仕事を休んだり,所定の時刻より後に作業を開始したり所定の時刻前に作業を切り上げたりすることも自由であったこと
③ 大工Xは、他の工務店等の仕事をすることを同社から禁じられていなかったこと
④ 大工Xと同社との報酬の取決めは,完全な出来高払の方式が中心とされていたこと
⑤ 大工Xは、一般的に必要な大工道具一式を自ら所有し現場に持ち込んで使用していたこと
などから、大工Xは、労働基準法及び労働者災害補償保険法上の労働者に当たらないと判断されました。
この判決は、昭和60年に労働基準法研究会が報告した「労働基準法の「労働者性」の判断基準について」及び同研究会が昭和60年報告の判断基準をより具体化した判断基準の在り方を検討した平成8年の報告書を踏まえて、労働者性を否定したと言われています。
特別加入の申請手続
中小事業主↗
労働保険事務組合を通じて「特別加入申請書(中小事業主等)」 を所轄の労働基準監督署長を経由して労働局長に提出し 、その承認を受けることになります。
一人親方 ↗
特別加入団体を通じて「特別加入申請書(一人親方等)」を所轄の労働基準監督署長を経由して労働局長に提出し、その承認を受けることになります。
※特別加入団体は全国に3173団体あります。(令和2年現在)
お問い合わせ・お申込み
- ※元請工事のない事業所のみとさせていただきます。元請工事がある事業所はお受けすることができません。
- ※雇用保険関係の手続きは原則行っていません。ご相談ください。
- ※社会保険労務士報酬は、いただきません。
- ※会費を安くしていますので、一括払いのみとさせていただきます。